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SUNRISE

雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい。

diary_01;そんな一瞬を知っていますか

diary

一番最初の記事でコツコツ書いていく宣言をしておいて、いきなり放置していましたが...
まぁ、なんとなく書いてみようと思ったのでなんとなく書いてみます。

最近思ったこと

これを読む人(いないけど)にはなにか好きな季節があるでしょうか。
僕はといえば、 冬が終わる頃になると"春が一番良い"、夏が終わる頃になると"秋が一番良い"とのたまっています。

ネット上でよく見かけるのは"夏に特別な思い入れのある人"でしょうか。
抜けるような青空、湧き上がる白雲、蚊取り線香の匂い...
純朴な少年の頃の思い出は、すっかりスネてしまったネット民たちでも揺さぶられてしまうもの。
いつの間にか失ってしまったものの面影を、夏のどこかに見つけてしまうのだと思います。

誰しも、心のどこかに幼い頃の原風景を抱えています。
それは故郷の河原であったり、小学校の校庭であったり、ベランダから見える夕陽に照らされる街並みであったり...
それらは、他人からするとどうでもいいものですが、本人にとってはかけがえのない宝物。
脳裏に焼き付いたその美しい一瞬は、その人の中で永遠に輝き続けます。

そしてこの秋、僕にとってそんな"原風景"になるかもしれないような素晴らしい瞬間がたくさんありました。

2週間ほど前から?
うだるような暑さは和らぎ、朝/夕方には乾いた心地良い風が窓から吹き込むようになってきました。
ベッドの上でそういう風に吹かれて良い気持ちになっている時などに、ふと、ひときわ冷たい、冬の風が窓から入ってくる。
そんなとき、(すこし切ない感じはするけれど)僕は深い深い安らぎを感じるのです。

夕陽を見つめている時、さざなみの音に聞き入っている時、雲の渓谷が陽光に輝いているのを見る時。
川の流れを見つめている時、ざわめく樹々の音に聞き入っている時、昇る朝日とともに、まだ人が眠っている街並みを一人歩いている時。

ほんの一瞬だけ、何もかもから解放されてこの世界の持つ恐ろしく深遠なものに"どきっ"とすることがあります。
TVである人が言っていた表現がしっくりときました。 それは、"本当の世界とつながる"という感覚です。

しかし、時おり、そのような時になにか"虚無感"のようなものを感じてしまうことがあります(厨二っぽいですね...)。
この感情は何なのだろう。 なぜこんな気持ちになるのだろう。この世界は素晴らしいと思っているはずなのに。 説明するのは難しいけれど、それは言うならば、あまりに次元の違うものの片鱗を感じてしまうからだと思います。
つまり、人の一生の儚さ、すべてを感じることは不可能で、なにか大切なものを諦めなくてはいけない。そういう直感のような...

....上手く言葉にできない。

まぁ、こういうことはうまく説明するものでもないし、頭で理解するものでもない。そんな気がしています。